試験も近いのに「白虎隊」を見てしまいました・・・。
小生は長州なわけですが・・・。
どちらも「日本のため」という志は同じであった。
小生が尊敬する人物は「父」しかいないわけですが、
父の文章の域に達するには・・・。
父の文を転載してみます(一部削除しております)。
今年も暮れようとしています。この1年如何でしたか。
中学時代からの憧れであった南十字星を見ることが出来、大学院時に疑問に思っていた事象を不完全ながらも解決して定年を迎えることができることを喜んでいます。
9月には、英国のヨークシャーの丘陵約25kmを5ヶ国5名で9時間かけて楽しむことができました。緑の牧草や茶色の荒地に点在する羊や牛にわが身を置き換えつつ遠くの谷間に見えたレンガ造りの集落で飲んだビールの味は格別でした。太古の時代にこの地が海中にあったことを石灰岩から知り、古代ローマ軍の野営地後にこの地のつかの間の繁栄と権力者の姿を垣間見ました。また11月には会津若松を訪ね、渓谷や山全体を彩る紅葉に日本の美しさを再発見しながら、長州人との葛藤はお互いの魂の同化にあったのではないかと思いを馳せ、長年のトラウマに終止符を打ちました。
後略
中学、高校の先生や同級生達等々から、「大学の先生は休みが長くて良いねぇ」と良く言われました。小生が通っている大学の先生達も「自分たちは休みが長いから」と私達に話しますが、そのような先生も確かに存在します。しかしながら世界と戦っている先生達は、定年までほとんど休みを取っていないと思います。父は40℃の高熱を出しても学校に行き、生徒を教え、研究し、家族で出かける際も手には絶えず研究論文を持ち、目を通しておりました。有給休暇をとったことなんか見たことがありませんし、正月であろうと、ゴールデンウィークであろうと、絶えず机に向っていた姿しか見たことがありません。小生は父と旅行に行った記憶などほとんどありませんし、一緒に遊んでもらった事は数えるほどしかありません。だからといって父が嫌いであったり、恨んでいたりすることはなく、ただただ尊敬の念しか小生にはありません。これを読んでくださっている方で、「大学の先生は休みが長くて良い」と思われている方がいれば、そうではない先生もいることを知っていてください。そして、公務員は給料を貰い過ぎと思っている方も多いでしょう。大学の先生に限って言えばそうではありません。その分野で世界一になろうとも、すごい賞を取ろうとも、同じ給料です。ビックリするかもしれませんが、中学教師よりも給料は少ないはずです。父が定年になるから書くのですが、資源のない日本を導いていくのは頭脳しかありません。その頭脳を育てるためには優秀な研究者が必要なのです。優秀な研究者を集めるためには恵まれた環境とそれに見合うだけのお金が必要です。そのことを頭の片隅でも結構ですので、留め置いて下さい。
父は自著の中で「機械工学は“工学”の範疇の一つであるが、“工学”の本質は、基礎科学を工業生産に応用して人間と社会の幸福と福祉の増進を図ることにある。したがって人間社会の平和を乱す創造物は機械と呼ばないことを認識することが大切である。この観点からすれば、技術者が自分自身の知的欲求を満足させるがために実施する人類にとって弊害となる創造活動は、本物の工学とはいえない。過去の多くの設計活動を例に出すまでもなく、現時点で実施中の設計活動が、将来をも通じて本物の設計工学の範疇に入るか否かを判断することは非常に難しい。実現すべき機械なのか、実現すべきでない機械なのかの最終的な判断は、設計者自身に任されており、設計課題を設定し、具現化する設計者の能力と設計哲学に依存せざるを得ない。-抜粋-」と言い、その通りに生きてきた。
小生もそのように生きていきたい。